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四国八十八ケ所車で遍路の記録/第63番吉祥寺(きちじょうじ)・第60番横峰寺(よこみねじ)

2020年1月14日公開
2020年8月25日一部修正 寺名記入
2020年1月14日公開しその後寺名記入した記事ですが、リライト記事に必要な文言等を
追記他の部分(写真等)追加・修正して2021年7月20日に再度公開しました。


菩提の道場:第40番~第65番札所:伊予の国(愛媛県)


第1番札所から1023.8㎞
第63番吉祥寺(きちじょうじ)
住所:愛媛県西条市氷見乙1048番地
宗派:真言宗東寺派
創建:伝:弘仁年間(810~824)
開基:伝:空海(弘法大師)
御本尊:毘沙聞天(秘仏)
☎:0897-57-8863
駐車場:寺独自はありません 近くの民間駐車場を利用
今治小松自動車道・いよ小松ICから国道11号を西条市方面へ。約15分。


交通機関:
JR予讃線伊予氷見駅から約300m


真言:おん べいしら まんだや そわか
御詠歌:身のうちの 悪しき悲報を 打ち捨てて みな吉祥を 望み祈れよ


山門

山門扁額「密教山」

成就石  鐘楼の前にあります。
手水鉢の右横にある高さ1mほどの石で、中央に径30〜40cmの穴があります
目ヲ閉ジテ金剛杖ガ穴ニ通レバ願ヒガ叶フ
と書いてあります。
本堂前から目をつぶって願い事を唱えながら近づき、「成就石」の穴に、金剛杖をさし通すことができたら、願い事がかなうといわれています。


やってみると、わりと難しいまっすぐ歩いているつもりであったが外れました。
妻は一回で成功しました。


くぐり吉祥天女
お迎え大師の傍にありました。
吉祥天は、本尊である毘沙門天の妃としてあがめれています。
また、本寺の名前の由来でもある。
あらゆる貧困かを取り除き、大富貴や財宝を与える天部仏様のとして古くより信仰されています。
この像の下をくぐることによって吉祥天さんのおかげをお受け下さいと書かれていました。

本堂
毘沙門天を品損としているお寺は四国霊場ではこのお寺のみです。


大師堂
宝珠造りです
弘法大師がこの付近を通りかかったとき、不思議な光を放っている檜を見つけ、一刀三礼して本尊の毘沙聞天と脇仏の吉祥天、善尼師童子を刻んで安置したと伝えられています。
天正年間(1573~1592年)に兵火で全山が焼失しまし、万治2年(1659年)に現在の場所に移って再興されました。、元は南方の板元山にあったようです。
吉祥寺は、「米持ち大権現」とも呼ばれているようで、農業の信仰が多いようです。


このお寺の寺宝は。「マリア観音」これは非公開で見ることはできません。
なにかお寺なのにマリア様。
高さが30cmほど、純白の美しい高麗焼の像だが、伝来の由縁が興味深い。土佐沖で難破したイスパニア船の船長が、長宗我部元親に贈ったもので、元親はマリア像とは知らず、吉祥天のように美しい観音像として代々伝えられ、徳川幕府のキリスト教禁令にも難を逃れている。寺にはほかに鎌倉時代の「十二天屏風」、室町時代の「山越阿弥陀三尊像」(紙本著色)などが保存されている。
                          四国霊場会より引用


次は60番横峯寺です。



第1番札所から1040.6㎞
第60番横峰寺(よこみねじ)
住所:愛媛県西条市小松町石鎚甲2253番地
山号:石鉄山(いしづちざん)
院名:福智院(ふくちいん)
宗派:真言宗御室派
創建:伝:白雉2年(651)
開基:伝:役小角
御本尊:大日如来
☎:0897-59-0142
駐車場:有料 約50台
今治小松自動車道・いよ小松ICから国道11号を西条市方面へ。さらに県道142号へ。約30分。
交通機関


JR予讃線伊予氷見駅から約12km


真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌:縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな


西日本の最高峰・石鎚山(標高1982m)は、山岳信仰の霊地であり、修験道の道場である。境内は山の北側中腹(750m)にある。四国霊場のうちでは3番目の高地にあり、「遍路ころがし」の最難所です。
この駐車場は昭和59年に林道が完成、今は車で上ることが出来ます。
狭い林道をくねくね走り山の上にあります。


車で登る。湖の駐車場に御参り専用のマイクロバスが3台駐車していた。
☎089-59-0151 せとうちばす上のはら乗換所


ここで乗り換えて行く人もいる。乗車賃は1700円だそうだ。夫婦では3400円、事前の調査では乗用車通行料1800円。駐車場を左に通り越していくと、小川の途中に検問所があり1400円(軽四は安いのかな)を支払う。有料道路といっても全くの山道。マイクロバスが1台降りてくると事前に検問所で情報をいただきゆっくり確認しながら登っていく。狭い山の傾斜を蛇の様にクネクネした細い長い道路を20分程走る。すると離合できるところでマイクロバスが停車し待っていた。会釈をしてすれ違う。「ありがとう」途中に歩き遍路用の入り口(道路左側)があった。


山上の駐車場に止める。お寺は急な坂を下るように降りる途中に休憩する木製のベンチが
いくつかあった。駐車場に戻るときは大変だなー。山門まで今回は行かなかった次回は行きたい。本堂から200㍍下った所にあるらしい。山門まで行くと登るのも大変だ。
帰りはベンチがあるたびに腰をかけ休憩する。
駐車場からは瀬戸内海の来島海峡がみえる。
この駐車場からはかなり離れていました。[500m]



妻白大明神
横峯寺の守護神です。


山門
ここには寄りませんでした



山の上の駐車場から下りで10分から15分ほどかかります。

駐車場から下って来ると本堂が見えてきます。

ここには、星供大師がいました。

本堂


大師堂(右側)・聖天堂(左側)


駐車場


お寺から戻る道

駐車場からの風景



横峰寺は、白雉2年(651年)、修験僧の開祖、役行者小角(えんのぎょうじゃおづの)が石鎚山で修行中、蔵王権現を感得し、尊像を刻み、安置したのが寺の始まりといいます。
天平年間(729~749年)には、行基が入山して、大日如来を刻み、その胸に役行者小角の像を納めて安置しました。
後の大同年間(806~810年)に、弘法大師が寺から500mほど上方の星ヶ森で、42歳の厄除けの星供の秘法を納めた後、石鎚山山頂に上って21日間の修行をしました。
結願の日、再び蔵王権現が現れたので、大師は大日如来を刻み本尊とし、伽藍を建て四国霊場に定めました。

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