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恋の島 南国の島 笑顔の島 青島神社

恋の島 青島神社  (パワースポット) 青島神社・サンメッセ日南・鵜殿神宮


早朝に到着 
まだ誰もいません。
交通機関
JR日南線青島駅下車徒歩約10分
青島駅から青島神社(島内)までは約800mです。
青島参道から青島神社(島内)までは車は通ることできません。私たちは車で入っていきましたが、Uターンして商店街の前の駐車場へ駐車しました。



この青島は全島が熱帯・亜熱帯植物の群生地として、国の特別天然記念物に指定されています。
島では200種類以上の植物が確認され、そのうち熱帯性及び亜熱帯性の植物が27種あり、北半球最北のヤシ科植物の群生地と知られています。


青島のほぼ中央に鎮座する神社周囲1.5kmの青島全島が境内地となっています。ぐるりと回れます。


祭神:彦火火出見命が海積宮からご還幸された御宮居の跡として
「彦火火出見命・豊玉姫命・塩筒大神」の三神がお祀りされています。
海幸、山幸の神話で知られるヒコホホデミノミコトを祭神とし縁結びの社として広く
知られていて全国から恋人たちや女性参拝者が多く訪れます。恋多き乙女
また、縁結びだけでなく安産・航海・交通安全の神として信仰されているようです。


島に行くには「弥生橋」を渡っていきます。

「鬼の洗濯板」と呼ばれる奇岩の景色が広がり隆起海床と奇形波蝕痕として、こちらの「鬼の洗濯板」も国の天然記念物に指定されています。
干潮時に行きましょう。でないとこの波状的な岩は見ることが出来ません。

この様な規則正しく岩があるのはとても不思議です。
自然が作り上げた造形です。【蟹がいます】

不思議ですよね。

鳥居の内側です


起源
奉祀の年代は、明らかとはなっていないようです。
しかし、平安朝の国司巡視記「日向土産」の中に「嵯峨天皇の御宇奉崇青島大明神」と記されており(約千二百年前)、文亀(室町時代・約五百年前)以降は、藩主伊東家の崇敬厚く、社殿の改築、境内の保全に力を尽くし、明治以後は御祭神の御威霊を仰ぎ熱帯植物繁茂する国内絶無の霊域が迎えてくれます。


それでは神社を巡る前に小さな情報です
神社の至るところに「隠しハート」があります。これを見つけたら幸せ度がアップするかもしれません。(神社の鴨居など)もっとも、これはどこの神社でもありますが。


島内の神社


本殿
現在の本殿は昭和49(1974)年に再建されたものです。
早朝であったので、まだ準備中


海積神社 (わだつみ
御祭神名
   彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)
   木花咲屋姫命(このはなさくやひめのみこと)
   磐長姫命(いわながひめのみこと)



石神社(いそじんじゃ)
御祭神名
豊玉彦命(とよたまひこのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)

御祖神社(みおやじんじゃ)
青島神社氏子神徒の祖霊
並びに氏子戦病死者の霊を祀る  

祈りの古道(元宮参道)
両側に絵馬が沢山奉納されていました。
古くは神馬を奉納していましたが、馬は高価で献納することが困難でした。そこで馬小屋の形の木に神馬の絵を描き感謝の言葉を伝える為に、奉納した事が始まりと伝わっています。祈り願いの言葉を伝える為、また想いや願いが成就した暁に、神様への感謝の気持ちを伝える為に奉納しましょう。



天の平瓮(かわらけ)投げ 
元宮は古代の臨時祭祀(お祭り)の址(あと)として伝えられる聖地で 、この処より、割れた弥生式土器が多数出土しています。土器の皿は、祭器 (お祭りに使う道具)の一つであり、平瓮(ひらか)と言う。


『日本書紀』神 武天皇条には、「天平瓮八十枚を作り(神酒を入れる瓶)を作りを敬いなさい。又 身を清めて呪言を唱えれば敵は自然に降伏するだろう」とあります。


以来、素焼き の盃をかわらけと称し朝廷にても古くから用いられ、神宮神社に於ても神饌を 奉るには主として土器を用いてきたのである。身を清めに天の平瓮を奉づれば 吉凶が占われる。即ち磐境に投げ入れば心願成就し、天の平瓮が割れれば開運 厄祓になるとされる重要な天の平瓮神事である。これらは全国の神社にも伝わっています。


真砂の貝文 (まさごのかいもん)
ここ青島は、七百万年前の隆起海床に貝殻が堆積してできた島です。 よって青島の別名を「真砂島」ともいいます。
古代万葉の人々は、和歌の中で「濱の真砂」と詠み、数多い貝殻の中から自分の心情に合った貝を探し、それに想いと願いを込めたのです。


青島では、貝の中でも特に下の「タカラガイ」が真砂と呼ばれ大切にされてきました。
そこでみなさん神社前の浜辺にて真砂を探し、自身の想いと願いを込めてこの波状岩にお供え下さい。とあります。
すると、「悠久の歴史のなか、この元宮の地であなたの想いは静かに息づくことでしょう」

元宮 (もとみや)
青島神社の元宮と伝えられる。
元宮跡から、弥生式土器、獣骨等が出土し、
古い時代から小祠があり、
祭祀が行われたものと推定される。                                                  


弁財天特別参拝
特典としてお祓い、昇殿参拝、弁財天小守授与されます。
ここ一応千円以上の志が必要です。


それでは神話
もうみなさんご存じだとは思いますが、おさらいです。
彦火火出見命は「海幸彦・山幸彦」のお話の山幸彦ですね。


兄の海幸彦から借りた釣り針をなくしてしまい、海辺で困っているところに塩筒大神が現れ、わけを聞くと船を造り海の中に探しに行くように言われます。


山幸彦はその船で海の中になくした釣り針を探しにいかれ、塩筒大神の言われた通り井戸のそばの木の上にいたところ、海神の侍女が井戸に水を汲みに来て山幸彦に気付き、海神の娘豊玉姫に知らせます。
豊玉姫が父の海神に報告しましたところ、山幸彦は海神の宮でおもてなしを受けます。
するとあっという間に三年が経ち、ある日ため息をつかれます。
いったいどうしたのかと尋ねられると海の中に来たわけを話します。
話を聞いた海神は魚たちを集めて鯛の喉から釣り針を見つけられたのです。
その釣り針を持って陸にお帰りになる山幸彦は海神から「塩満瓊(しおみつたま)と塩涸瓊(しおひるたま)」の二つの瓊をいただきます。
山幸彦は海神から言われた通り意地悪をしてきた兄の海幸彦を塩満瓊を取り出して溺らせ、あやまってきたら塩涸瓊を取り出して許してあげました。
それから兄弟仲良く暮らしました。

産霊紙縒 (むすびこより)
古来より我が国では、万物全ての始まりは産霊(結び)の力から生成されると信じられてきました。紙縒の呪力には、糸、紐、綱、縄などに共通する霊的な力でものを結ぶ「魂結び」機能があります。江戸時代には、心を寄せる相手を想い紙縒を、神社の格子や神木に結びつけ、結婚を祈願するということが行われていた。
羽子板などにも用いられていますよね。
とくに、紙縒は水引きとして用い色の染め分けや結び方などによって、吉凶の別が生じると信じられました。
ヒモの語源は、「引き結ぶ」からきていると云われる。古代には、紐のことを「緒」と呼んだ。「玉の緒」「年の緒」「息の緒」等があるが、いずれも生命に関わるものである。不想議な力を秘めている紐の呪力は、災いや病気を除いたり、恋人に巡り逢えるように、といった願いを込めたまじないに用いられることが多いです。
『万葉集』の恋の歌には紐という言葉が多く使われている。御祈願の産霊紙縒は、願いが解けないように結びきるとよい。これは婚礼の折お祝いを送る袋にも結びきりが使われます。




サンメッセ日南へ



バス停からの眺望 ここの波打ち際も奇岩がありました。
ここからサンメッセ日南まで約40分ほど。

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