伊勢物語 11 12 13
11
昔おとこあつまへゆきけるに友たちともにみちよりいひをこせける
歌
わするなよほとは雲ゐになりぬともそらゆく月のめくりあふまて
現代語訳
昔、男が東国へ行ったとき、友人たちに旅先から文を書き送った。
歌
空の雲ほどに遠く隔たってしまっても忘れないで欲しい
空を進む月が巡り回って元の所に来る様に我々が再びめぐり逢うまで
12
むかしおとこ有けり人のむすめをぬすみてむさしのへゐてゆくほとにぬす人なりけれはくにのかみにからめけり女をはくさむらのなかにをきてにけにけりみちくるひとこの野はぬす人あなりとて火をつけむとす女わひて
歌
むさしのはけふはなやきそわかくさのつまもこもれりわれもこもれりとよみけるをきゝて女をはとりてともにゐていにけり
現代語訳
昔、男がいた。人の娘を盗んで、武蔵野へ連れて行く途中に、盗人であるから、国の守に捕まってしまった。男は女を草むらの中に置いて逃げてしまった。道をやってきた人は「この野原には盗人がいるようだ」と言って火をつけようとした。女は困って嘆願した。
歌
武蔵野は今日だけは、焼かないで下さいな
若草の中には、愛しい夫も隠れているのです、私も隠れているんです
と詠むのを聞いて、追手は女を捕まえて、男と共に連れていった。
13
昔武藏なるおとこ京なる女のもとにきこゆれはゝつかしきこえねはくるしとかきてうはかきにむさしあふみとのみかきてをこせてのちをともせすなりにけれは京より女
歌
むさしあふみさすかにかけてたのむにはとはぬもつらしとふもうるさしとあるをみてなむたへかたき心地しける
歌
とへはいふとはねはうらむゝさしあふみかゝるおりにやひとはしぬらん
現代語訳
昔、武蔵の国の男が、京にいる女のところに、「武蔵の女性と親しくしているとお話しするのは恥ずかしいし、でもお話しなければ苦しいのです」と書いて、手紙の上書に「武蔵鐙(むさしあぶみ)」と書いて送った後に、ふっつりと便りが絶えてしまった。それで、京から女が
歌
武蔵鐙をサスガに掛けて止めるように、流石にあなたを頼りにしている私には、
なぜお便りを下さらないのと責めるのも辛いし、でも便りを下さるのも煩わしいし
と書いてよこしたのを見て、男はひどく堪え難い悲しみに襲われたのだった。
歌
武蔵鐙が掛かるように便りを出せば文句を言うし、便りを出さなければ怨まれる
こんな時にこそ苦しみの果てに人は死んでしまうのだろうか