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津和野観光② 永明寺  堀氏庭園 国指定名勝

津和野 ②
永明寺  ようめいじ
山号:覚皇山
宗派:曹同宗
開基:吉見頼弘、月因(開山)
創建:応永27年(1420年)
本尊:釈迦牟尼佛
右手の階段の上には鐘楼があり、左手の大きな階段の上には中雀門(ちゅうじゃくもん)。その先には総茅葺きの本堂が見えます。畳の数は400枚を越えて、山陰の巨刹とも呼ばれています。


庭園もきれいです。


津和野藩主の墓所
大坂夏の陣で手柄をたてた(が大坂城から千姫(せんひめ、1597年~1666年)を救い出し、結婚できるものと思っていた)がのちに千姫事件で徳川秀忠の怒りを買い切腹させられた。


森鴎外の墓(森林太郎)
亡くなる3日前に友人に代筆を頼んだ遺言書に「石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と軍医でもなく、文豪でもない唯ひとりの人間、島根県西部を意味する“石見(いわみ)”の人間として人生を終えたいとの旨を残しました。
実は森鴎外は東京で亡くなり、ここ津和野に分骨されたのです。


堀氏庭園 国指定名勝
駐車場がありました。中心部から外れるので徒歩ではいけません。
戸時代、笹ヶ谷銅山の年寄役を務めた名家・堀氏の名園。四季折々の風景が美しく、特に紅葉の名所として知られています。
江戸時代の「主庭」、明治時代の「楽山荘」庭園、大正時代の「和楽園」、畑迫病院の「外構造園」と借景である周辺地を含んだ約6.5ヘクタールもあります。

主屋と庭園
天明5年(1785)の建築で、座敷に面した主庭は簡素な平庭で周囲を漆喰仕上げの土塀で囲まれています。南西部に三尊石風の石組みがあり、背後の土塀を隠すように高さ2mのイヌマキの生垣が仕立てられています。玄関から庭門を潜ると主庭の中央を横断する形で飛石が据えられ、靴脱石と接続しています。 (写真が見当たりません)

「楽山荘」と庭園
明治30年(1897)に上棟、同33年に竣工しました。楽山荘庭園は、背面の岩山を背景とし、その一部を削って滝や平場をつくり園内を回遊することができます。園内には、池の中に据えられた大型の雪見灯籠やその背後にある十三重の石塔をはじめとして、大小17の灯籠や祠などがあります。


和楽園
大正4年(1915)の作庭で、大小4つの池があります。自然の岩盤を利用して滝石組が組まれ、その間を園路が巡っています。


次は岩国に行きます。

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