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万葉の奈良  南都七寺の一つ 大安寺  がん封じ 病気平癒のご利益

                    2020年2月24日
               追加画像2020年11月5日
大安寺 
住所:奈良県奈良市大安寺2丁目18-1
山号:ありません
宗派:高野山真言宗
本尊:十一面観音
創建:飛鳥時代
開基:舒明天皇
電話:0742ー61ーー6312 


駐車場あります。
受付時間:9:00~16:00
場所:大安寺嘶堂(受付は寺務所)
拝観料:500円(本堂、宝物殿も拝観可)

平城京に移って大安寺を称した時の伽藍は東大寺、興福寺と並んで壮大であった。東西に2基の七重塔が立ち(七重塔を持つ南都七大寺は他には東大寺のみ)「南大寺」の別名がありました。


和銅3年(710年)の平城京への遷都に伴い、飛鳥地方にあった7世紀建立の寺院のうち、法興寺(飛鳥寺とも⇒元興寺 現在奈良県高市郡明日香村飛鳥682 駐車場:寺院の前にあります。日本最古の飛鳥大仏)、薬師寺(遷都後の薬師寺)、厩坂寺(うまやさかでら、かつては山階寺⇒興福寺)などは新都へ移転している。


大官大寺も一説では霊亀2年(716年)に平城京に移転大安寺となったといわれている。のちにすべて東大寺、西大寺、法隆寺(唐招提寺)とともに南都七大寺にとして今日に至っている。


上記をわかりやすく説明しますと、南都七寺は以下の通り
南都七寺とは、①東大寺 ⓶興福寺 ③西大寺 ⓸興福寺 ⓸薬師寺 ⑤法隆寺
 ⑦大安寺を指しますが、⑤法隆寺の入れ替えりで唐招提寺が入ることもあります。


大安寺は病気平癒とがん封じにご利益があるといわれています。


本堂


現在建物は多くありません この建物も倒れそう。


かつての大安寺は東西二つの巨大な塔(70メートル)をはじめ、巨大な金堂やそれらを囲む僧坊などが並ぶ壮大な境内(伽藍)を持っていたとされていますが、天平神護2年(766年)には東塔に雷が落ち初の焼失してしまいました


平安時代の天暦3年(949年)になると今度は西塔が落雷を受け焼失しこのように不運が重なり、その後東塔は平安時代後期の寛治4年(1090年)に金堂などの復興と合わせ、七重塔として再建されることになりましたが、江戸時代に入る直前の慶長元年(1596年)に起きた大地震で東塔は倒壊し、以後再建されることはなく現在に至ってます。


仏像拝観以外の人ではがっかりかもしれません。



 お寺でいただきました。2枚  上も横のように見えますが下と同様です



静かな道でした

塔跡

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