西国三十三カ所観音巡礼の旅 順法寺(六角堂)・行願寺(革堂)
文化遺産
第18番札所 六角堂 (順法寺) お花の池坊の発祥地です。
住所:京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248
山号:紫雲山
宗派:天台宗
本尊:如意輪観世音菩薩
創建::用明天皇2年(587年)
開基:聖徳太子
御詠歌:わが思う こころのうちは六の角 ただ円かれと祈るなりけれ
六角堂順法寺縁起によると、聖徳太子が曽我氏と物部氏との戦いに崇仏派の曽我氏が勝利し、報恩のため四天王寺を建立するが、用材確保のためこの地を訪れ、聖徳太子は池で水浴をするため傍らの木に衣類をかけ、
ともに持仏の如意輪観音を納めた箱をかけておいたところ如意輪観音は重くなってしまい動かなくなり、夢の中でその観音がこの地にとどまり衆生を済度することを希望したので、その観音像を現在地に安置し、近くの杉の大木で
六角堂を建立したのが始まりと書かれている。
像の大きさは 高さ一寸八分です。
ここに来るには、烏丸通りから少し入ったところに六角堂があります。
駐車場は少し先の地下にあります。

六角堂
現在の本堂は明治10年(1877年)に再建されたものです。

池坊ビルエレベーターから

へそ石
平安京の中心を示した石
この石には逸話があります。
平安京造営のおり、六角堂が東西を走る予定の道にあたり、桓武天皇が使者を向かわせ南北どちらかに移動するよう祈願したところ、周りに黒雲がたちこめ、たちまち北に15m移動したしました。
お堂のあった場所に礎石が取り残された、以来明治時代までお堂の前にあったのを道の妨げになるからということで堂内の中に移されたのだそうです。ここはちょうど京都の真ん中あたりでありへその石と言われています。
このへそ石には穴があり、元来は灯篭の台石ではなかったのではとも思われます。
ひとこと願い地蔵あります。
すこし顔を傾けたかわいいお地蔵様です。
大師堂
堂内には大子2歳のころの像が安置されている。
本堂の裏に池があり聖徳太子が水浴した池と伝えられている。
池の中にはほぼ正方形の石が置いてあり、この石は発掘調査の時出土した石で、六角堂の基礎石ではないかと考えられている。

池坊の本家
六角堂の横にありビルから見下ろすと、六角堂がよく見ます。エレベーター上がる途中がいいですよ。
順法寺の塔頭である六角堂。本坊である池坊(いけのぼう)が執行して代々管理してきた。池坊は聖徳太子が水浴したと池にちなんで名づけられた。
池坊の僧が如意輪観音に花を供えることとなっており、花のいけかたに別格な妙技を見せ評判となる。(15世紀の記録)ここから池坊としてとしてのお花の立花が始まったのである。
鐘楼は道路を挟んで前にある
六角堂が栄えた時期はここも六角堂の境内で会ったことがうかがえる。
毎朝6時に鐘が打ち鳴らされている。
次の革堂までここから1.8㎞です。
第19番札所 革堂(行願寺) こうどうといいます。
住所:京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町17
山号:霊麀山
宗派:天台宗
本尊:千手観音菩薩
創建:寛弘元年(1004年)
開基:行円
御詠歌:花を見て いまは望みも革堂の 庭の千草ちぐさも盛りなるらん
行円は出家する前は狩猟をしていましたが、ある時身ごもった雌鹿を射たところ其の鹿から小鹿が生まれたのを見て、殺生することを悟り出家、仏門に入りました。
その行円はその鹿の皮を身に着けていたことから鹿聖、皮聖人と呼ばれていた、寺の名も革堂と呼ばれるようになった。
聖というのは、六波羅蜜寺に祀られている空地上人も同様で、上人は裾の短い衣を着て左手には鹿の杖をつき、右手には首からぶら下げた鉦を打ち、念仏を唱えながら地中を歩いたといわれています。
その像が六波羅蜜寺にあります。このころ京の都は疫病などが蔓延し、死体は川に捨てられているという始末。
上京は革堂、下京の六角堂に対して、上京町町衆の集まる場であった。
幽霊絵馬
お盆の8月22日から24日に本堂で幽霊絵馬の供養のとき見ることができます。
この絵馬にはいわれがあり、小森の「おふみ」が革堂で聞いた御詠歌を子守唄にしているのを聞き奉公先の質屋の主人八左衛門は怒り「おふみ」を折檻して殺してしまいました。
「おふみ」の実家には,男と家を出て行ってしまったと嘘の知らせをしました。
納得のできない両親は、娘の無事を革堂の観音様にお祈りしたところおふみの亡霊が現れ「ご主人様に殺され、庭に埋められました、鏡も一緒に埋めてください。」頼みました。
鏡は奉公に出るとき母親からもらい大事にしていた手鏡です。
おふみを不憫に思った両親は、供養のためおふみの子守り姿を絵馬に描き手鏡と一緒に革堂に奉納しました。その絵馬が幽霊絵馬です。
絵馬の大きさは高さ約1m、幅30㎝の板でその右寄りに幽霊が描かれています。
絵馬の左側には手鏡が裏向けてつけられていて、両親の悲しさが伝わるようです。
残念ですが私は見たことはありません。

山門

本堂


鐘楼
文化元年(1804年)建立

加茂大明神五輪塔
五輪塔内部はくり抜かれ、穴の中に「加茂大明神」が祀れれています。五輪塔がくり抜かれているのはあまり見かけません。
他に鎮宅霊符神堂があります。
ここから六角堂まで1.8㎞です。
なお
ここからは、本能寺・京都御所・相国寺・梨木神社など近くに有名な観光地があります。