大阪府 住吉大社 すみよっさんと呼ばれています。大坂の石切神社も石切さん 愛着があるんですね
住吉大社 大坂 平成25年1月17日
住所:大阪市住吉区住吉2丁目9-89
電話:06-6672-0753
駐車場:あり
交通機関
南海本線「住吉大社駅」から東へ 徒歩3分
南海高野線「住吉東駅」から西へ 徒歩5分
阪堺線「住吉鳥居前駅」から 徒歩すぐ
大阪では、親しみを込め、「すみよっさん」と呼び、正月三が日の初詣参拝客数は毎年200万人を超えます。全国約2300社余の住吉神社の総本宮であり、摂津国一の宮、旧社格は官幣大社です。古くから「航海安全の神」「祓の神」「農耕の神」「和歌の神」「武の神」「相撲の神」として信仰され、創建は1800年前に遡ります。ご祭神は第一本宮から第四本宮順に、「底筒男命/そこつつのおのみこと」「中筒男命/なかつつのおのみこと」「表筒男命/うわつつのおのみこと」、そして「神功皇后/じんぐうこうごう」です。本殿が4つに別れ、第一本宮~第三本宮までが縦に、第四本宮は第三本宮の横に、あたかも大海原をゆく船団のように建ち並ぶ配置は他にないものです。「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」とも伝えられています。柱・垂木・破風板は丹塗り、羽目板壁は白胡粉塗/屋根は桧皮葺で切妻の力強い直線/出入り口が直線型妻入式という3つの特徴をもつ「住吉造」でつくられており、こちらも神社建築史上最古の特殊な様式で、国宝に指定されています。30を超える摂社/末社/祠をもち、住吉祭など各種祭礼行事も多く、境内には、国宝や重要文化財として大切に保存されている建物や文化財があります。
鳥居反橋
住吉の象徴として有名な通称太鼓橋といわれている「反橋(そりばし)」(左の写真)に着く。
反橋の石の橋脚は慶長年間(1596~1615年)に淀君が奉納したものといわれている。
この反橋の勾配はかなり大きい。
反橋を渡って石段を上の鳥居は「住吉鳥居」とよばれているもので、柱の断面が通常の鳥居のような円形でなく、方形であり珍しい。鳥居をくぐると、直ぐ「楼門」があり、広場を隔てて楼門の東側に「第三本宮」が建てられている。
撫でウサギ メノウでできている
本殿
住吉文庫
第一本宮の北側に土蔵様の二階建ての建物「住吉文庫」
が建っている。
住吉文庫は享保8年(1723年)に大阪、京都、江戸の書店が勝運発展を願って建立し、寄進した書籍を納めていたという。この住吉文庫は大阪最古の図書館としてよく知られている。
屋根で守られた石灯篭
五所御前
第一本宮の南側に石の玉垣に囲まれ、内に杉の木が植えられている「五所御前」と呼ばれている場所がある。
かつて、神功皇后が住吉大神を祀る地を決めるときこの杉の木に鷺が三羽とまったのを見て、大神がこ地を望んでいると考えここに大神を祀ることに決めたと伝えられている場所で、「高天原(たかまがはら)」とも呼ばれているという。
五所御前の玉垣内は玉石が敷きつめられてあり、玉石の幾つかには『五』、『大』、『力』のいずれか一文字が書かれている。
字の書かれた玉石を探している人を多数見かける、字の書かれた玉石の数は少なく、簡単には探し当てられないようである。
それぞれ、五、大、力と書かれた三つの玉石を集めると『五大力』即ち、体力・智力・福力・財力・寿力の徳を一願叶えてくれる心願成就のお守りになるとされてい
この石垣の中に黒マジックで五・大・力の小石があります。それをそれぞれ一つ拾いお守り袋に入れた置きます。願いが叶ったら、三倍の小石に五・大・力と書きここに奉納します。それがなかなか見つからないのですね。10分位は探しました。子供の分、親の分
石舞台、南門
五所御前の南側に「石舞台」がある
この「石舞台」は日本三大舞台の一つといわれており、慶長年間(1596~1615年)に豊臣秀頼の寄進によるものとされ、重要文化財に指定されている。
「南門(四脚門)」があり、門に続いて「楽所」がある。何れも豊臣秀頼の寄進といわれており、「南門」、「楽所」ともに重要文化財に指定されている
石舞台を抜けたところ
陶器性の灯篭がありました。どなたの作かはわかりません。
同じく石舞台
摂社、末社
住吉大社には数多くの摂社・末社があるが、本社の北側にある「大歳神社」が本社に次いで神格の高い神社として有名である。大海神社の本殿は本社の本殿と同じ住吉造で重要文化財に指定されている。
意外と重いです
石橋からそ見たそり橋
石橋
公衆電話 お社みたいです
戻ってきました
申し訳ありません。どこがどうだったか、メモがなくわからなくなりましたので、説明だけしておきます。
「第三本宮」の東側に「第二本宮」、更に東側に「第一本宮」が直線的に配置されており、「第三本宮」の南側に「第四本宮」が建てられている。本宮は何れも西側を正面とし、正面に拝殿が付けられている。普通、神社の本殿は南又は東向きに建てられているので、ここの西向きの本宮(本殿)は珍しい。神社の成り立ちから見て、海に向かう西側を正面にしたものと思われる。
千木(ちぎ)の上端の切り方以外、四つの本宮は全く同じ造りになっている。この造りは「住吉造」と呼ばれているようで、神社建築史上最古の特殊な様式という。
千木(ちぎ)は屋根の上に飾られているX状の木(実際には、木は銅板で覆われている)のことである。
第一~第三本宮の千木は上端が垂直に切られているが、「第四本宮」の千木は水平に切られている。
この理由はよくわからないが、第一~第三本宮に祀られているのは男神であるのに対し、第四本宮に祀られているのは女神であることによるという説もあるらしい。
現存の本宮(本殿)は文化7年(1810年)に建立されたものといわれており、「第一、第二、第三、第四本宮」全て国宝に指定されています。
拝殿
第二本宮(本殿)の西側に付けられている「拝殿」である。
四つの本宮それぞれに拝殿が付けられているが、拝殿も本宮と同様、全て西側が正面とな
っており、造りは四つの拝殿全て同じである。この拝殿の正面から本宮に向かって遙拝する。