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三重県  神宮寺丹生大師

神宮寺丹生大師
じんぐうじにうだいし
弘法大師の師匠、勤操大徳が開かれたお寺。丹生大師として親しまれている丹生山神宮寺


住所:三重県多気郡多気町
山号:丹生山
宗派:真言宗山階派
創建:774年
開基:勤操大徳
電話:0598-49-3001
勢和多気ICから車で5分程度


駐車場 仁王門左手に5台 

仁王門
令和元年に修復を終えて落慶(らっけい)されました。
門の表側(道路側)には阿形吽形二体の仁王像が安置されています
裏側(境内側)には持国天、増長天の二天が安置されています。どれも仏教や三宝の守護神であり筋骨隆々で目つきも鋭く、正にお寺を守護しておられます。



門を入り右手に旧仁王門の屋根にありました鯱の瓦、これは300年前の瓦です。


そこからまっすぐに100mほどの通路があります。
左手にまず客殿があり無料の書道が出来るようです。
客殿は寛永年間(1624年頃)に建てられたもので、見るからに立派です。玄関も素晴らしく、この建物は密教寺院の客殿の伝統様式です


鐘楼
袴付き立派なものでした
この鐘を一衝きさせていただきました。

左手に
護摩堂(不動堂)が有ります。こちらは名前の通り不動明王をお祀りして護摩(ごま)と言う、炉に火を焼(く)べて祈祷を修法するためのお堂です。



白壁の蔵の様な建物が閻魔堂
格子から中を覗くと、地獄の裁判官である閻魔様を含む十王(じゅうおう)、閻魔様をサポートする司命・司録(しみょう・しろく)、三途の河の奪衣婆(だつえば)、人頭杖(にんずじょう)、赤鬼、青鬼が勢揃い。


次に左手に広場があり奥に階段がある
右手には弘法大師の像と傘造りの灯篭(これは昔地蔵堂があったようです)、六地蔵


弘法大師像


六地蔵

叉左手には仁王門と同時期に建立された登廊下がありました。
この回廊は、江戸時代のお殿様や時のお偉方がお大師様を参拝される時に雨風を凌ぎ敵から身を守る為に作られたそうです。
平成29年に台風で倒壊してしまいましたが再建されました。
現在は参拝者の方にも利用して頂ける様に解放されています。


見えるのは四国八十八カ所巡り

大師堂

龍が青色の玉をつかんでいます。


文政9年の文字がありました


階段を登ると10段おきに踊場があり最上階まで40段
階段を上がると正面に見えるのが大師堂で、ここに弘法大師がお祀りされています


左には文殊堂がありました。
ご本尊様として文殊菩薩、脇仏として普賢菩薩が安置されています。
どちらの仏様も蓮華座に片足を出して座られています。蓮華座の下には、禽獣座と言って文殊様は青い獅子、普賢様は白い像がいます。この様な座り方や下に動物がいます。



大師堂の奥の階段を登ると丹生都比売命(にうつひめのみこと)が祀られており、その前を通って更に行くと、境内の一番高い所に火伏せの神様として有名な愛宕大権現(あたごだいごんげん)がお祀りされています。


四国八十八カ所
一周廻れば八十八所を巡ったこととなります

広場にある大きなお堂が丹生大師の本堂にあたる観音堂、その隣にある少し小さなお堂が薬師堂です

薬師堂


姿見の池


後の弘仁4年(813年)に弘法大師が来寺された時に七堂伽藍(しちどうがらん)を整備されたという由緒あるお寺です


高野山が女人禁制だったのに対し、女性も参詣ができたので「女人高野」とも呼ばれます。通称の丹生大師とは空海(弘法大師)のことです。


空海が三鈷を力強く投げすぎたため、最初丹生に飛来したが跳ね返って高野山に届いたと伝えられています。


神宮寺は「お寺」なんです!でも神社ともとても深い関係に。あるのです。また、丹生とは「丹(に)を生む」と言う意味で、そして丹とは「水銀」の事、水銀の産地として栄えたことから地名となりました。


奈良県にも丹生神社があります


次に下に降りて右手を進むと丹生神社

お寺の中に神社があります。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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