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四国八十八ケ所車で遍路の記録/第68番神恵院(じんねいん)・第69番観音寺(かんのんじ)銭形砂絵


2020年1月19日公開
2020年8月25日一部修正 寺名記入
2020年1月19日公開しその後寺名記入した記事ですが、リライト記事に必要な文言等を
追記他の部分(写真等)追加・修正して2021年7月23日に再度公開しました。


忘れてならない体験談
ルート上の道の駅に立ち寄る。
 係りの人から情報が聞けます。また周辺の地図などもあります。
 地域の特産品もあり、お土産に最高です。 


【第4回お遍路】最期の結願の旅 これが終われば高野山へ


車遍路の旅もいよいよ最終となった。知り合いの方(同じ職場の石川県在住)は歩き遍路を
始めるとのことだが、脊椎管狭窄症も煩ったとのこと。私たち夫婦には体力的にとてもな
しえない。


今回は、弘法大師のふるさと「涅槃の道場」へ入り(68番から)前回の続きとなる。


可能な限り食べておくとよいものがある。夜と朝に各1本ずつのバナナ。
バナナは、筋肉の調節機能を持っていて、夜のバナナは夜中のこむら返りを予防するとの
こと。また、朝は、エネルギー転換が早いので、歩き始めるときの推進剤になる、是非とも準備を。朝食は炭水化物を中心に腹7分目位に抑えておく。午前中の動きを軽快にするため必要となる。
 糖尿病ですがエネルギー不足は疲れます。また今回は歩きが多いのでカロリーメイトも
持参、アミノ酸入りの飲料水も準備「ヴァーム」これは朝出発前に飲んでおくと良いとの
こと。早速購入した。


飴、チョコレートもリュックの中に入れておく。
寝る前には習慣的に水を飲む(脳梗塞・心筋梗塞防止となる)


宿に到着後、たとえ15分でも、出来るだけストレッチをして、身体をクールダウンして
おく。これをするか否かで、翌日のコンディションが必ず変わってくる。そして、風呂でも十分にマッサージをし、食後もすぐに寝るのではなく、足首や膝をぐるぐる回すなどの
アフターケアをしておくことが大切。
 翌日分の納め札に記名したり、地図を調べてコースの確認をしたりして、2時間以上起
きておくことで、消化器への負担が減る。(実は逆流性食道炎の治療中である。)夕食を
きちんと消化させることは、その日の疲れを取り、翌日の行動のための体力を維持するの
に重要。


ここまで日程が延びたのは、東北で地震がありボランティアの話がでたため日延べしま
した。


平成23年10月7日(金)善通寺宿坊(10/10)天然温泉きらら(10/11)宿泊予約完了最後のお遍路の旅日記です。
気を引き締めて結願の出発です。


以下のエクセルの表は上段が計画・下段は実施後の数字を表しています。
お遍路計画時にご利用ください。












涅槃の道場:第66番~第88番札所:讃岐の国(香川県)
自宅を午前3時30分に出発 桑名ICから大野原ICでおり国道11号、県道8号を観音
寺市内へ。
今回で4回目の四国入り私たちは車遍路であるがお金も相当かかっている。歩き遍路はもっと高額であるが、納経帳が真っ赤になるくらい回数を重ねている人にであった。何回巡ると・・・10回では無理、おそらく数十回巡っているのであろう。 
神恵院と69番観音寺は同じ境内にあり、山門には68番と69番の2つの寺号が掲げられる珍しい札所である。(1寺2霊場)


第1番から1138.7㎞
第68番神恵院(じんねいん
住所:香川県観音寺市八幡町1-2-7番地
山号:琴弾山(きんだんざん)
院名:神恵院(じんねいん)
宗派:真言宗大覚寺派
創建:伝:大宝3年(703)
開基:伝:日証上人
御本尊:阿弥陀如来
☎:0875-25-3871
駐車場:無料、普通20台、大型5台
高松自動車道大野原ICから車で13分(約6km)
さぬき豊中ICから車で15分(約8km


交通機関
R観音寺駅からのりあいバス五郷高室線に乗り、運転手に「観音寺・神恵院」と告げてください。
のりあいバスにはバス停がなく路線上ならどこでも乗り降り自由です。
(ただし、国道11号線は指定場所以外、乗り降り禁止)


真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:笛の音も 松吹く風も 琴弾きも 歌うも舞うも 法のこえごえ


山門

山門の表札、右に”第六十八・六十九”、左に”七宝山 観音寺 神恵院”と2つ書かれています
階段を登って右側エリアが観音寺、左のほうが神恵院になります。



鐘楼


渦巻天井のある鐘楼で珍しい。


本 堂
2002年に新しく建立された本堂は、コンクリート打ちっぱなしで白木と組み合わされた近代的な造りにびっくり。しかし、コンクリートであっても耐用年数があるであろう。木造で何百年経っても立派に存在している寺社もある。建築費用は木造より安価であると思われるが、何かありがたみが薄く感じられる。墓石に入っていくようだ納骨されるみたい。


心経堂



大師堂


薬師堂(写真はありません)


神恵院は、琴弾山(58.6m)の頂にある琴弾八幡宮の別当寺でした。
琴弾八幡宮は、大宝3年(703年)、琴弾山で修行していた法相宗の高僧・日証上人が開基しました。
このお寺には次の伝説があります。
日証上人があるとき海に浮かんでいる舟を見つけ、その舟には翁が乗っていて
琴を弾いていたそうです。。
その翁は宇佐八幡大明神といい、ふしぎなことに海を竹林と松林に変えてしまいました。
それを見ていた日証上人は、舟と琴を琴弾山の山頂に祀り、「琴弾八幡宮」を建立して祀りました。このとき、神宮寺として建てられた寺が起源とされています。
大同2年(807)弘法大師が琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来を描いて本尊として祀り、後に院号を「神恵院」とし、六十八番霊場としました。 
これが琴弾八幡宮の始まりとされています。


明治初年の神仏分離令で八幡宮は琴弾神社と神恵院に分離され、神恵院は麓の観音寺境内に移転。同時に八幡宮に安置されていた阿弥陀如来像も西金堂(さいこんどう)に移されました。以降、「神恵院」は西金堂(2002年に新築)を本堂に、阿弥陀如来像を本尊として今に至っています。
                        一部 四国八十八カ所霊場会より引用




ホームページ


第69番観音寺(かんのんじ)
住所:香川県観音寺市八幡町1-2-7番地
山号:七宝山(しっぽうざん)
院名:――――
宗派:真言宗大覚寺派
創建:伝:大宝3年(703)
開基:伝:日証上人
御本尊:聖観音世音菩薩


☎:0875-25-3871
駐車場:68番に同じ


真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ


山 門 68番神恵院と同じ門


本堂 (国指定の重要文化財)
 観音寺の本堂は金堂とも呼ばれているが他の札所では金堂とは呼ばれていなかったと思うが、とにかく仏殿の本堂のことである。
この本堂は国の重要文化財に指定されている(室町時代の建立)。朱塗りの観音寺金堂(本堂)、寝姿の釈迦涅槃仏像(全長74cm)、絹本着色琴弾宮縁起などが重要文化財に指定されています。

薬師堂
さらに階段を上がります。


大師堂(写真がありません)


観音寺は大宝3年(703年)、日証上人が琴弾八幡宮の新宮寺として創建したのが始まりです。
開創当時は、神宮寺と呼ばれていましたが、神功皇后が聖観世音像を刻み、安置したことから観音寺となりました。
後に弘法大師が訪れ、聖観世音菩薩像を刻み、堂宇を建立し安置して、七つの宝を埋めて地鎮し、山号を七宝山、寺号を観音寺と改めて四国霊場としました。
明治の神仏分離令により、琴弾八幡宮の本尊・聖観世音菩薩が観音寺に移されたので、ひとつの境内に2カ寺の札所となりました。


最古の落書き:本堂に「常州下妻庄…貞和三年…」(南北朝時代)などと書かれ、貴重な遍路文化の資料とされています。



寄り道   銭形砂絵
お寺から歩いて行けるらしいが、少し行くと相当きつそう途中で断念して下山、車でいったん外に出て琴弾公園から車で上がる一方通行である。


 琴弾公園から有明浜を見下ろすと白砂に描かれた巨大な(東西122m、南北90m、周囲345mもあります)銭形砂絵 「寛永通宝」が
作られています。
一般には、寛永10年(1633年)に藩主、生駒高俊公を歓迎するために一夜にして作られたと言われております。


江戸時代を通じて広く流通した銭貨を表現しています。
この銭形砂絵「寛永通宝」を見た人は、長生きし、お金に不自由しないとか。
この砂絵は毎年、春・秋に作り直しされます。「砂ざらえ」
「砂ざらえ」とは砂絵を美しく整えることをいい、毎年、春と秋に市民を中心に数百名で「砂ざらえ」を実施しています。
砂ざらえ開催時のみ、深さ2メートル以上の砂絵に入ることができるようです。
興味のある方は、観音寺市のホームページ、広報などをご覧ください。


https://www.city.kanonji.kagawa.jp/soshiki/21/6182.html


テレビ映画「銭形平次」(大川橋蔵版)のタイトルバックに使用されている。銭形平次はよくテレビで見たがその時はこの場所であることは知らなかった。
「桃太郎電鉄」シリーズでは臨時収入イベントとして登場するようだ。
一方通行を下山すると先ほどお寺の前を通る。歩かなくて良かった、車で3分ほどかかる。



観音寺→4.5km→70番:本山寺

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