ほんわか人生の旅

全国各地の観光 古典文学 映画観賞 健康

滋賀県 豊郷町立豊郷小学校

2021年10月5日一部記事修正しリライトしました。 
豊郷町立豊郷小学校(とよさとちょうりつ とよさとしょうがっこう)
平成28年2月18日
住所:滋賀県犬上郡豊郷町大字石畑518  
☎0749-35-3737
駐車場:あり
過去における校名
尋常科至熟小学校
豊郷尋常小学校
豊郷尋常高等小学校


学校の歴史は、1873年(明治6年)に四十九院村などの7つの村による連合が、成文学校、達務学校、先進学校の3つの小学校を設立したことにさかのぼる。


これらの学校のうち、成文学校と先進学校は専用の校舎を持たず、成文学校は唯念時の庫裏、先進学校(→簡易科八町小学校)は常禅寺の本堂を使用した。


その後、1886年(明治19年)の県令により1つの尋常科と3つの簡易科に再編され、このうち「尋常科至熟小学校」が現在の豊郷小学校に連なる。


当初は成文学校を引き継ぐ形で唯念寺を利用していたが、1887年(明治20年)には当地出身の豪商・薩摩治兵衛をはじめとする有力者から寄付金を得て、校舎の新築されました。


1887年(明治20年)に完成。両翼は取り壊され、本館のみが現存する。テラスを備えた和洋折衷建築が特徴で、2007年に登録有形文化財に指定されています。


米国人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる泰然たる外観は、当時「白亜の教育殿堂」とも「東洋一」とも謳われました。


中山道に面した校地はおよそ12000坪に及び、あたかも翼を拡げたかのような本館の両袖端には講堂と酬徳記念図書館を配し、その後ろには体育館、グランド、球技コート、そして常設のプールがおかれるという、校舎が鉄筋コンクリート構造であることも含めて当時の一「村」における学校としてもまさに破格づくめの存在でした。そして本館の往時の偉容は今も失われてはいません。

本館正面玄関の傍らにある古川鐵治郎氏の胸像


現在も残る初代校舎の本館(写真紛失)
観光案内所となっています。


旧校舎


1階は
各種事務所として利用されています。
福祉関係
図書館


イソップ物語(校舎内の階段手摺にはユニークな物語が表現されていました。)

兎と亀のブロンズ像
旧校舎階段手すり 上がり口
いよいよかけっこのスタートです。


千里の道も一歩から・・・少しずつ行きましょう

余裕のウサギは途中で昼寝


亀はすたこらサッサ

カメはウサギを追い抜いて行った

2階の手すりはカメのみがいた亀は二階に手すりでゴールです。

二階の廊下

絵画教室

旧校舎の音楽室、「けいおん!」ファンから様々なものが寄贈されている


(写真がありません、ギターとかドラムが置いてありました)


何故かおやつの模型

講堂


現在、本旧校舎群は2008(平20)~2009(平21)年にかけてなされた耐震補強工事および大規模改修工事を終え、町教育委員会や町立図書館、子育て支援センター、観光案内所が収まる複合施設として再スタートしています。


つまり、旧校舎群は今も「生きている」のです。単に残すだけで「生ける屍」とするのではなく、残すなら残すなりの施策(悪く言えば理由づけ)のなされたことは、結果論とは言え磐石な選択だったのではと思います。


優美極まる外観に「すごい佇まいと驚嘆」正面玄関からいよいよ旧校舎群の中へ足を拭きいれた。玄関にはスリッパが備え付けてありました。館内は土足厳禁です。そして一歩踏み出した刹那「ギッ・・・」という木床からの音。


昔私の通っていた(尋常高等小学校)当時は(尋常)消してありましたがやはり中央階段はありました。懐かしい軋み音。兎と亀のブロンズは豊郷小学校旧校舎群の永遠のシンボルです。


最後迄読んでいただきありがとうございます。

×

非ログインユーザーとして返信する